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大阪高等裁判所 昭和27年(ネ)651号 判決 1954年11月08日

控訴人 被告 平野喜一

訴訟代理人 藤上清 外一名

被控訴人 原告 中野英行

訴訟代理人 山口吉美

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、被控訴人から金一三、〇〇〇円の支払を受け取るとともに、豊中市大字南轟木四四五番地ノ六地上家屋番号南轟木第六一六番ノの二木造瓦葺平家建居宅建坪九坪三合二勺を明け渡せ。

控訴人は被控訴人に対し昭和二六年八月一日から昭和二七年四月二四日まで一ケ月金二八九円の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通してこれを二分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

この判決は被控訴人勝訴の部分に限り、金一万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

控訴人が金一万円の担保を供するときは前項の仮執行を免れることができる。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人が「被控訴人が承継した賃貸借は昭和二〇年一一月訴外大浦と控訴人間に締結された賃料一ケ月金四〇円毎月末持参払の約であつたが、右賃料はその後改訂されて被控訴人が本件家屋の所有権取得当時は一ケ月金二八九円であつた。控訴人が被控訴人に無断で本件家屋の改造をしたのは昭和二六年七月である。控訴人主張の留置権の抗弁事実は否認する。仮に被控訴人に有益費償還義務があるとすれば増加額の償還を選択する。」と述べ、控訴代理人が「控訴人が本件家屋を昭和二〇年一一月訴外大浦から賃料一ケ月金四〇円毎月末持参払の約で賃借したこと、昭和二七年四月二一日到達の書面で被控訴人がその主張のような催告並びに条件附賃貸借解除の意思を表示したこと、控訴人が右催告に応じなかつたことはこれを認めるが、被控訴人のした右賃料の催告は信義則に反し権利の濫用であるから、右解除は無効である。なんとなれば、右賃料催告は本訴係属中に被控訴人において賃貸借の存続を前提としてこれを主張してなされたものであるが、一方被控訴人は本訴状に基いて右賃貸借は既に解除せられ存在しないものと主張し、本件家屋の即時明渡しを請求していたのであつて、このことは換言すれば賃料の支払は請求しない旨の意思を表示しているものというべく、少くとも賃料は自今受領しない旨を明白に表示しているものといわなければならない。このような場合資料を請求するには一応訴訟を取り下げる等賃貸借を存続する意思のあることを明白にした後においてこれをするのが信義誠実な方法というべく、これをなさずにした前記催告のごときは信義則に反し権利濫用に外ならないからである。仮に控訴人と被控訴人間の賃貸借が終了しているとしても、控訴人は昭和二〇年一一月頃から昭和二四年四月頃までの間に当時貸主訴外大浦忠一の同意を得て本件家屋の左記各部分の設置修理をなし、その費用として合計金五四、六〇〇円以上を支出した。

一、表窓肘掛表腰板表庇(入口の庇は除く)

二、玄関北側の鴨居、敷居、東側の柱、板壁

三、四畳板間の西側の敷居二本

四、六畳の間の床板(畳五畳半の広さ)全部

五、仕事場の床板全部

六、四畳板間の天井板六板、六畳の間、仕事場、玄関の各天井板、棹縁六畳間二本、仕事場三本、玄関三本

七、屋根瓦五〇枚

八、四畳板間の床板(畳三畳半の広さ)全部及び同根太、同束

右各部分の設置修理は当時殆ど全壊状態にあつた本件家屋の保存上必要であつたためにしたものであつて民法第六〇八条にいわゆる必要費に該当するので、控訴人は被控訴人に対してその償還を請求するとともに、その弁済を受けるまで本件家屋を留置する。

仮に右支出が必要費でないとしてもこれにより本件家屋の価値が増加したから有益費というべきで、支出額が増加額として現存するから、その償還を請求するとともに、その弁済を受けるまで本件家屋を留置する。」と述べた外は原判決摘示のとおりである。

証拠として、被控訴代理人は甲第一号証の一、二、第二号証、第二、第四号証の各一、二、第五、第六号証を提出し、原審での、証人高田美代子、大浦忠一、中野芳江の各証言、被控訴本人の供述、当審での、証人大浦忠一、中野芳江の各証言、検証の結果を援用し、乙第一、二、三号証は成立を認めるが、乙第四号証は不知と述べ、控訴代理人は乙第一ないし四号証を提出し、原審での、証人古沢昇の証言、控訴本人の供述、当審での、証人古沢昇、佐々木静子、稲生喜助、松井栄太郎の各証言、鑑定人川上佐一の監定の結果、鑑定証人川上佐一の証言、検証の結果を援用し、甲第二号証は不知その余の甲号各証は成立を認めると述べた。

理由

控訴人が訴外大浦忠一から本件家屋を賃料一ケ月金四〇円毎月末持参払の約で賃借し、その後賃料は改訂されて昭和二六年八月一日以降一ケ月金二八九円になつたこと、控訴人が現にこれを占有使用していることは当事者間に争いがない。そして被控訴人が昭和二五年五月本件家屋を訴外大浦から買い受け、昭和二六年七月二〇日所有権保存登記をなすことにより控訴人に対してその所有権を対抗し得るに至るとともに、前記賃貸借を承継したこと、しかしながら昭和二六年七月二七日到達の書面によつて被控訴人のした催告並びに条件附賃貸借解除の意思表示が無効であつて、被控訴人の第一位の請求原因の理由のないことは原判決に示すとおりである。当審での新たな証拠も右判断を左右するに足りない。

そこで被控訴人が予備的に主張する催告並びに解除の当否について判断する。被控訴人が控訴人に対し昭和二七年四月二一日到達の書面をもつて、昭和二六年八月一日から昭和二七年三月末日まで一ケ月金二八九円の割合による延滞賃料を到達後三日以内に支払いせよ。もし応じないときは本件賃貸借を解除する旨の催告並びに条件附解除の意思表示をしたこと及び控訴人が右催告に応じなかつたことは当事者間に争いがない。控訴人は右催告並びに解除は信義則に反し権利の濫用であると抗争する。しかしながら、家屋の賃貸借が既に終了したとして家屋の明渡の請求訴訟を賃貸人が提起したのに対し、賃借人が右賃貸借の終了を争い家屋の明渡しを拒む以上、賃貸人が訴訟の成否未定の間に、訴訟外において、一歩を譲りなお賃貸借は存続するものとし、これを前提として、延滞賃料の支払の催告と、催告期間内にその支払がないことを条件とする賃貸借の解除の意思表示を併せてなし、賃借人のこれに対する出方次第でその態度を決しようと考え、その行動を取ることは、不法でも不当でもないことはもちろん、むしろ賃借人にとつては自分の意向どおり賃貸人が動いて、訴訟を益益有利に展開する好機を与えられたわけであるから、訴訟係属中であるからとて義務の履行を拒否することが正当となる理はない筈である。賃貸人が訴訟を取り下げた上でこの催告をするか、訴訟は一応そのままにして催告をするかは便宜と都合の問題で、賃貸人の自由な判断に委されたものというべきである。もし訴訟を取り下げることが先決事項だとすれば、賃借人がこの催告に応じなかつた場合に、これを前提とする賃貸借終了を原因として家屋明渡しを求めるには更に新訴を提起しなければならないことになつてしまう。賃貸人がかような愚挙と危険を冐さなければ、賃借人に対してその負うている義務の履行を求め得ないとすることの非は明白であろう。被控訴人が訴訟を取り下げずに前記催告並びに条件附解除の意思表示をし、これに基く事実関係を予備的請求原因として主張することは、訴訟法上からももとより正当であり間然するところはない。右権利の行使が信義則に反し、権利の濫用であるという控訴人の抗弁は排斥する。その他に控訴人が右催告に応じなかつたことを正当視するに足る事情は認められないから、本件賃貸借は昭和二七年四月二四日の満了とともに終了し、控訴人は被控訴人に対して本件家屋を明け渡すべき義務があるものといわなければならない。

そこで控訴人主張の留置権の抗弁について判断する。原審での証人古沢昇の証言、当審での証人古沢昇、佐々木静子、稲生嘉助、松井栄太郎の各証言、鑑定人川上佐一の鑑定の結果、鑑定証人川上佐一の証言、検証の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人は本件家屋に入居後昭和二四年四月頃までの間に被控訴人主張のような設置修繕を加え、その費用として金一三、〇〇〇円を支出したこと及び右支出は本件家屋の保存利用のための必要費であることを認めることができる。右認定を左右するに足る証拠はなく、控訴人の全立証によつても、右認定額を超えて控訴人が出損をしたことを認める心証を惹かない。そうだとすれば控訴人は右必要費の弁済を受けるまで本件家屋を留置することができるものといわなければならない。従つて控訴人は被控訴人に対し、被控訴人から金一三、〇〇〇円の支払を受け取るとともに、本件家屋を明け渡す義務がある。

次に控訴人が昭和二六年八月一日から昭和二七年四月二四日(すなわち前記認定の本件賃貸借の終了した日)までの一ケ月金二八九円の割合による賃料を支払つていないことは控訴人の争わないところであるから、控訴人は右未払賃料を支払わなければならない。

最後に損害金の請求について判断する。被控訴人は本件賃貸借の終了した日の翌日である昭和二七年四月二五日から本件家屋明渡し済みまで、控訴人の不法占拠によつて、一ケ月金二八九円の賃料相当の損害を蒙つていると主張し、右金員の支払を求めるが、前記認定のとおり控訴人は右賃貸借終了以前に弁済期の到来した必要費償還請求債権を有し、本件賃貸借が終了しても右債権の弁済を受けるまで本件家屋を留置し得るのであるから、控訴人は本件家屋を不法に占拠するものということができない。従つて控訴人の不法占拠を前提とする右損害金の請求は理由がない。

されば、被控訴人の本訴請求は前記認定の範囲において正当として認容すべく、その余(単純明渡しと損害金の請求部分)は失当として棄却すべきで、これと異なる原判決は変更の要がある。

よつて民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第九二条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 田中正雄 判事 神戸敬太郎 判事 平峯隆)

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